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三男最低伝説

昭和が生んだ怪物はむらけんじのほのぼの日常系ブログ

老いさらばえて回れ右

戯言

最近、若かった頃より、物事が上手くいかないと感じることが多々ある。理想は逆。老練や老獪という言葉があるように、理想は逆なのだろう。とにかく、若さや勢いに頼ってきたツケが仕事やプライベートで、今来てる感じだ。

年を取ると、色々なことをあきらめなくてはならなくなる。そして最近特に、若手の台頭でそれを痛感する。昔に比べて身体のキレがなくなってきたり、気持ちが滅入ってきたり、中でも一番衰えを感じるのが、モチベーションの低下だ。

一体何がそうさせてしまったのか。僕は色々なことをやりたがらなくなり、色々なことに興味を失ってしまった。きらきら輝いていた僕も、現実をついに知ってしまったのか、色あせてすっかり腐ってしまった。

とにかく僕は今絶望し、すっかりくたびれてしまったのだ。

今のやり方、今のままでは完全に終わった存在になってしまうのは明かだ。若いころに軽蔑していたつまらない大人に今まさに自分がなろうとしている。今、この瞬間に方向転換、変わる必要がある。今僕は危機的状況にある。

「"持ってない"なぁ」と感じる場面が多くなったのもそのせいか。

昔は、"持ってる"と感じる場面がたくさんあった。積み上げたロジックや流れで、あとは勝手に結果が出てくれる、いや出てくれていたのが、最近はまったく結果が出てくれない。老いてしまうと、運にまで見放されるのか。

思うに、流れや運というのは自分で引き寄せるもの。99%の努力と1%の運(才能)とはよく言ったもので、僕はいつの間にか、今までの成功体験から、99%の努力を自分で構築せずに、1%の運(才能)にすがるようになった気がする。

今まで1%の運(才能)だけで勝ったことなんてないのに、それにもかかわらず、ここにきて1%の運(才能)に頼るなんて馬鹿げている。そんなのは幻想だ。だからこそ、だからこそ再び99%の努力を構築するべきではないのか。

考えてみると、思い当たる節がたくさんある。

昔は、やっていたことを今ではもうやらなくなったり、サボってみたり。最近、上手くいかないのは若さと老いのせいだと思ってきたが、そうじゃないことに気づく。年を取るにつれて、自分の中でもういいだろうとか、楽をしようだとか、勝手に限界点を作っていたのではないのか。

その壁が成長を妨げているのは誰の目にも明らかなのである。

ここは今一度、初心に帰り、一からまたがんばるというのはなかなかできることではないが、99%の努力をまた構築していこうと思う。その先にあるのは、不幸か栄光か、それはわからないが、風向きが少しは変わるのではないのか。

2017年、31歳にして惑わず。