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三男最低伝説

昭和が生んだ怪物はむらけんじのほのぼの日常系ブログ

嫌いの反対は好きだとは思わない

前回の記事で、ある先輩についてチラッと書いたと思う。

そう、最近なんだかこの先輩が嫌いになってきた。いわゆる目の上のたんこぶってやつだ。生まれた年は同じ(学年は1つ上)だが、その先輩は中卒でこの業界に入っている。24歳でこの業界に入った私のなんと10年ほど先輩。

今日はそんな先輩の日常を淡々と書いていこうと思う。

先輩はとにかく精神年齢が低い。

私も自分がガキだと思うが、先輩はそれ以上。どれくらい精神年齢が低いと言うと、朝、開口一番後輩の胸を意味もなく殴るくらい精神年齢が低い。私の記憶によると、かつてこういった行動を取ったのは、中学生のときの同級生だった"イワモッチャン"くらいである。もちろん、彼は今立派な大人になっている。

触ったり、殴ったり、悪戯したり、必要以上にスキンシップをしてくる手合いは大概精神年齢が低い。精神年齢が低いゆえに、目に見えないものが信用できず、不安に駆られ、スキンシップやボディタッチなど物理的なつながりを多く求めてくるのである。DVとかそっち系にもいえることかもしれない。

余談だが、この先輩は遊びの延長で3人骨折させている。

こないだも、仕事で変更検査でNECやら、スカパーやら、総務省の役人やらが職場にきている中、大勢のいる前で後輩にデコピンしたり、エクザイルのチューチュートレインを披露したり、正直恥ずかしかった。落ち着きもなく、常にゴソゴソと動いていた。これで今年31歳だというのだから驚きである。

そんな先輩でもこの業界ではかなりのキャリアになるので、年功序列の側面が強い職場では、面と向かってその先輩に意見できるものがほとんどいない。下っ端の私が出来ることと言えば、その先輩の行動を冷ややかに見つめることくらい。そう。私はその先輩を見下している。

能力面では、頭もそこそこいいし、特に問題視していないが、問題は精神面と品格である。とても尊敬できる対象ではない。

若干31歳で、うちの部署の序列では、上から5番目くらいのその先輩だが、困ったことにもうすっかり大御所気分なのである。いや、確かに大御所なのではあるが、まだバリバリに働いてもらわないと困る。なのに窓際並みにフットワークが重い。いきなり努力しなくなったエリートみたいな感じか。

当然、仕事も大小にかかわらず、その先輩をスルーして下っ端に回ってくる。場合によっては先輩が仕事を後輩に押し付けるようなことも。その癖、こっちが忙しいときに、茶化してきたり、どうでもいい話をしてくるのは正直頭にくる。責任を引き受けてくれる素振りもないし。

私はこの先輩にかかわらず、他人とは一定の距離を置いているので、プライベートで先輩や同僚、後輩と絡むことはない。しかし、この先輩は、特にプライベートでの付き合いこそ、親密になることができ、真の信頼を築けると思っているので、遊びには真剣だ。独自の飲み会を開催し、巨大な派閥を作っている。

後輩も大概アホなので、大御所"っぽい"この先輩を盛り立てるのに余念がない。この先輩の誕生日にはみんなでお金を出し合い、プレゼントやケーキを買い、サプライズでお誕生日会。完全な馬鹿騒ぎである。他の上司や先輩の誕生日でも同じように誕生日会するならわかるのだが、わざわざ誕生日会が行われるのはこの先輩だけ。

これがどれだけ異常なことかわかるだろうか。何が異常ってその先輩にカリスマ性があるわけでもない、恩義があるわけでもない、ただ大御所っぽいという理由だけで誕生日会が行われているのだから。芸能界でいう和田アキ子みたいな存在だ。しかし、私はそんなまやかしには引っかからない。

先輩も馬鹿ではないので、私の冷ややかなな目線に気づいている。煽てたり、すかしたり、呼び止めてみたり、近寄って見たり、あの手この手で私を取り入ろうと必死だ。たぶん、単純に怖いのだろう。

人と付き合うとき、人をよく見なければならない。決して単一の方法論のみで人付き合いというのは達成できない。この人にとっては良かったことが、その人にとって良いとは限らないのである。女性に対するアプローチと一緒だ。

"その人を知りたいとき、一番最初にその人が何に対して怒るかを知らなければならない"というのは何のマンガの名言だったか。

何が言いたいかというと、何も考えていない他の後輩とは違い、私は簡単には篭絡できないということ。この先輩に対して完全なディフェンスをしいている。しかし、これを決して強引にしてはダメ。あからさまに敵対すると、損害を受けるのはこっち。常にギリギリのラインで先輩をやり過ごし、完封する。

私と後輩が楽しそうに話していると、ちょうど話し終わったタイミングでその先輩が「なになに?」と会話に入ってくることがある。多分、自分抜きの盛り上がっている未知の会話に対して不安を覚えるのであろう。自分が中心でないと気がすまない典型だ。場合によってはスルーすることもあるが。

そのときは、懇切丁寧に、わざわざどういう話の流れでどうして笑っていたのが何が面白かったのか、説明して差し上げる。別にそこから話が広がるわけではない。ただ、先輩の"知りたい"を満たしてあげるだけ。やさしい。

できるやつなら(できるんだけど)話を膨らませて、さらに先輩を楽しいの輪に入れるサービスをするのだろうけど、私は場からスッと離れる。そして、先輩が趣味でやっている下手クソなバンドのライブにも行かない。LINEの日記も見ない。ただ、聞かれたら答えるし、先輩として一応は立てて差し上げる。

業を煮やした先輩は、私との小競り合いで、小手先勝負ではどうにもならないので、酒の力を借りて強引に絡んでこようとするときがある。

ニコ生でも話したことがある"90分"地獄である。独身寮の消灯後、暗闇でスマホをいじっている私のベッドに飛び込んできて、起きてるかだの、今日はお前のベッドで寝るだの、ベッドに連れてってくれだの、超くだらないナンセンスなやり取りを深夜24時から90分続けるのである。これはほんとうに失望する。

先輩としては、私と仲良くしたいのかもしれないが、完全に逆効果だ。酔っていようがいまいが、押そうが引こうが、昼だろうが夜だろうが関係ない。私が先輩を認めていないのだから、双方向の絆が生まれることなんてありえない。あるとしたら、私の先輩に対する表面上の気遣いくらいである。

愛の反対は無関心だとマザー・テレサは言ったが、そういう意味で私の先輩に対する感情は、嫌いだとか憎悪で、愛という感情の延長線上にすら入っていないと言える。

ここまでの流れの中でも、私が先輩を最高にむかつき、軽蔑することがある。この先輩は独身寮にnasneを持っており、好きな番組を録画し、夜に視聴するのだが、NHKの障害者の番組を、きゃっきゃ笑いながら見ているのである。これだけは本当に辞めてほしい。

別に偽善立って、正義感ぶっているのではない。単純に聞くに堪えない、見るに堪えない。私の気分はますます悪くなり、尊敬とは程遠い位置に先輩は離れていく。気持ちは態度に表れ、先輩はますます不安に駆られ、躍起になり、私はさらに先輩が嫌いになっていく。

どちらかが異動するまでこの戦いはつづく。