三男最低伝説

昭和が生んだ怪物はむらけんじのほのぼの日常系ブログ

会話しんどいわ

会話には機微や齟齬というものがある。会話はキャッチボールというが、会話は論理であるというのが僕の持論だ。以下は先日、広島から出張で帰ってきたときの後輩とのやり取りだ。

僕「あ~、やっと帰ったきたわー」
後輩「お疲れ様です、大変でした?」
僕「まぁ実家にも帰れたし、ええわ」
後輩「片道どれくらいかかったんですか?」
僕「320km」←ブルゾンちえみ風に。
後輩「いや…距離じゃなくて、時間…」
僕「平均時速90kmくらい」←ちょっとイラっとしてる。
後輩「は?」

もちろん僕はアスペルガー症候群ではないので―、余談だが昨年末をもってアスペルガー症候群の後輩が退職したが、後輩が「時間」を聞いているのはわかる。

ただ、急いで行くのと、ゆっくり行くのだけでも時間がまるで違うわけで、僕はこの質問をした後輩に対して、まったく気が利いてないな、と不快感を露にしてしまったのである。会話は以下に続く。

僕「平均時速90kmくらい!」
後輩「いや、それは先輩が計算すれば…」←この発言もおかしい
僕「なんでわざわざ俺のメモリ使ってお前のために計算せんといけんねん」
僕「大体お前さ。途中、休憩とか下道とか昼メシ挟んでるのに」
僕「時間を聞くことになんの意味があるの?」
僕「例えば普通に行けば4時間で着いたとしようや」
僕「そこに2時間休憩を入れて6時間で着いたとしようや」
僕「6時間と聞いてお前は『大変でしたね』って言うの?」
後輩「・・・」
僕「休憩なしで4時間で行くほうが俺は大変だと思うけど」
僕「お前が聞かなければならないのは距離だよ」
僕「何? 本当は時間とかどうでもよくて俺と単に会話したかっただけなの?」
僕「なら時間に固執する意味がわからん、お前が妥協しろや」
後輩「あ、お湯沸いてるわ」ササッ…。

最近は後輩らの昇任試験の面接練習に付き合ってやったりするのだけども、正直会話になってないのが実情ですね。まずは相手の質問の意味を考えないと(お前がなというツッコミはなしで)。これで羽村さんは上司に媚を売るのが上手いとか言われたら適わんわ。僕はきちんと会話してるだけ。

だから同じ書類を持っていってるのに、上司に印を押してもらえる・押してもらえないの差ができるのではないのか。まぁ同じようなことを、女性に関して言われそうだが…。言われそうなだけで、そんな事実はまったくない。

とここまで記事を書いていて「だから結婚できないんだよ」という読者の声が聞こえてならない…。普段はやさしい先輩なので、みなさんよろしくお願いします。特に20代前半の独身女性の方々はどしどしメールください。

公共機関での流儀

あまり外を出歩かない僕にとって、公共機関に乗るというのは、外界と接触する唯一の機会と言っても過言ではない。当然、死のリスクも高くなってしまう。隣のやつが突然刃物を持って暴れたり…。とにかく僕は周囲への警戒に余念がない。

いきなり予断になるが、駅のホームで待っているときも、ホームに対して自分が直角に立っていると、真後ろから押されたときに、受身が取れずそのままホームに転落してしまうので、ホームに立つときは斜めに立ち、正中線をずらしている。これで後ろからドンと押されても安心だ。

話を戻して…。

事が起きたのは目的地へ向かう序盤であるバス停だ。

あと5分で到着するバスに乗るためにバス停にやってきた僕だが、初老の男性が先にバス停に待っていた。後から来た僕は二番目の乗客というわけだ。ここまでは特に問題なかったのだが、僕の後から三番目の乗客である親子連れがやってきた。

ここから話はおかしな方向へと向かっていく。

僕は慣れた手つきで、2台持ちのスマホでプレイしているゲームのログインを済ませると(ログインする毎にボーナスがもらえる)、出来る男らしく手早く来週からの予定に目を通していた。ちなみに月曜から火曜まで出張で広島に帰る予定だ。

特にエロ画像を見る中学生のようにスマホに熱中していたわけではなく、到着予定時間通りに僕の右手から来るバスの目の端で捉えていた。そう捉えていたのである。しかし、この後とんでもないことが起きる。いや、とんでもないことを言われる。

「バスが来ましたよ」

初老の男性が突然、僕にそう言い放ったのである。そのときはちょっと一瞬イラっとしたものの、特に気にすることなく、バスに乗り込んだ。もちろん、初老の男性が促すので、三番手の親子を押さえて、僕が一番最初にバスへ乗り込んだのである。

乗って気づいたが、日曜の午前中ということもあり、多分みんなどこかにでかけるのであろう、ほぼ満席で席は二つしか空いていなかった。僕はどちらかというと立ってることが多いので、席に座らず安定して立てるポジションについた。

その脇を先ほどの初老の男性が抜けていき、空いてる席にすべりこんだ。三番手の親子は子供のほうを座らせる。別になんてことはない日常の風景。日常の風景だが、僕はどこか違和感に引っかかっていた。さっき言われたことだ。

「バスが来ましたよ」

バス停でバスが来て、他人にこんなことを言われたのは初めてだった。この人はなぜこんなことを僕に言ったのか。いつも言っているのか、僕だから言ったのか。バスに揺られながら、僕は真剣に考え始めていた。こんなことで考え込むなんて、バカらしい。

スマホをガン見していた僕がバスが来たことに気づいていないのかと思って親切に言ってくれたのか。それとも、どこかで会った知り合いだった? 様々な考えを張り巡らせ、論理や経験則、妥当性から僕はある一つの結論に達する。

問題は立ち位置だった。

あのバスが来るのを待っていた時点で、一番最初にバスを待っていた初老の男性の立位置は、バスの停留所の案内表示板からかなりずれていた。図らずも二番手でやってきた僕がその初老の男性の隣に並ぶと、僕が案内表示板のど真ん中に来る格好に。

ド下手糞の運転手でない限り、バスは案内表示版の前で止まり、バスの入り口が開く。その入り口に最も近いのが僕というわけだ。初老の男性は確かに一番最初に待っていたが、最初に乗り込むためには、僕の前を追い越さないと乗り込めない。

僕は知らず知らずのうちに地の利を得ていたのだ。この関係性は、三番目にやってくる親子に対して同じこと。僕はその場で絶対的に有利な立場にあったのだ。もちろん、それは初老の男性にもわかっていた。しかし、そのような緊迫した状況にあって、僕は出来る男よろしくスマホを注視していた。

バスが来て初老の男性は思っただろう。「もしかしてこの童貞の男、スマホに夢中でバスに気づいてないのではないか」そう、まさにこの初老の男性にとって一番最悪の事態が起きようとしていた。この初老の男性にとって最悪のシナリオ。

それは、僕がバスが来たタイミングですぐに乗り込む動作に移らないこと。ワンテンポ遅れてしまうと、三番手の親子が僕を抑えて先にバスに乗り込むことになってしまう。そうなってしまうと、もうダメ。入り口の押さえられている初老の男性は必然的に僕の後、つまり三番手に回ることになってしまう。

ここで、疑問が一つ。

なぜ、初老の男性は僕の前を通り過ぎて、一番最初に乗り込もうとしないのか。それは簡単だ。普段からそういう我先に、というような精神を批判してきてるもんだから、若者の手前そういう傲慢さの醜態を晒すことが我慢できないのだろう。

譲り合いの精神、和の心、道徳、そういう教育を受けてきている。中国人じゃないんだから。日本の倫理観がそうさせているのだ。それに普段から若者や外国人を批判している手前、自分がそうなることがあり得ないのだろう。

いやらしい…。

本当にいやらしい…。そして「バスが来ましたよ」と親切な人っぽく僕にバスに乗るように促し、人を押しのけて我先にとバスに乗るはしたないマネをせず、かと言って、三番手の親子に席を譲ろうせず、自分はがっちりと二番手の位置を確保。あの発言は最小限の被害で自分が席に座るための算段だったのだ。

この化け狸め…。

最適解がわかり、どうだあんたの目論見がわかったぞ、と勝ち誇ろうと視線を送ると、その初老の男性が、真っ直ぐに前を見つめながら少し笑っているように見えた。

バスが終点に着くと、僕はもう一度この目でその初老の男性の顔を見てやろうとした。しかし、悲しくも大勢の乗客の波に飲み込まれ、初老の男性は大都会の渦に吸い込まれていった。

僕は誰。

そう僕の中では

人と話したり、ネットを見たりすると、僕って世間と感覚がズレてるんじゃないかと思うことがある。というか大体ズレてるんじゃないかっていう。まぁズレてるんだけどね。特にそれを感じるのが、映像作品を見たとき。

アニメもよくあるけど、一番は映画だね。面白いと思った映画、面白くないと思った映画の評価が世間と間逆だったりする。こう見ても映画は結構見る方で、年間200本は必ず映画を見る。別に俺は映画を見る目があると箔をつけてる場合じゃない。

ちなみに、僕の今までの一番お気に入りの映画は『トゥモロー・ワールド』。これ以上の映画は見たことがない。ジャンル的にはサスペンスやサイコホラー、ゾンビものが好きなんだけども、映画としての完成度は僕の中でNo.1ですね。

そう僕の中では…。

ちなみにこの映画は、大学生のときのマクドナルドでのバイト仲間の渥美くんに教えてもらった映画。それまで、人から薦められた映画・音楽・マンガは大概クソという概念をぶち破った伝説的な映画なんですよね。あんまりメジャーじゃないけど。

逆に実写のバイオハザードシリーズや『SAW』の2以降とかを賞賛してる老若男女を見ると、本当にめちゃくちゃにしてやりたくなるね。一時期の週刊少年ジャンプのクソ連載を持ち上げる腐女子を見てる感じ。別に腐女子が嫌いなわけじゃないよ。

こういう感覚っていうか感性って「俺が正しいんだ。俺の感性こそが正義なんだ」って独善的に陥りやすいじゃない。それが意外に勘違いだったりすることが多いんだけど、そういう意味でネットとか色んな人の意見を見ることは大事。

そこで自分のストロングポイントとウィークポイントがわかりますからね。自分の弱さを強みに変えた者こそが本当の強者ですから。

ところで、映画レビューの金字塔、超映画批評で『トゥモロー・ワールド』の評価を見たら90点でした…。そう僕の中だけじゃなかった…? まぁとにかく、人とは違うってある意味個性だと思うので、そういった感覚や感性を大事にしてください。

世間では酷評されてる『攻殻機動隊』の実写版くっそ楽しみです。